カイト・カフェ

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「誰にどう感謝すればいいの?」~明日は勤労感謝の日

 明日は勤労感謝の日。祭日で、皆ウキウキと休みに入るのだが、
 ハテ? 誰が誰にどう感謝するのだ?
 一家の働き手なのか街で仕事をする人なのか――。
 そう言えば毎年これといった行事もなかった。
という話。(写真:フォトAC)

【明日は勤労感謝の日

 明日は勤労感謝の日。一年の中でもっとも説明しにくい祭日のひとつとなっています。
 祝日法には、
「勤労をたつとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」
とありますが、互いに感謝し合うような儀式もなく、誰かが誰かにプレゼントをするわけでもなく、一般にはなんともピンとこない祝日です。

 元は宮中祭祀の「新嘗祭(にいなめさい・しんじょうさい)」。天皇がその年に収穫された新たな穀物などを神に供え、 感謝の奉告を行ってからそれらの供え物を神からの賜りものとして、自らも食す儀式です。
 古来、旧暦11月の二回目の卯の日に行われる儀式でしたが、明治6年、太陽暦が採用された年の11月の二回目の卯の日が、たまたま23日で以後23日で固定したまま今日に至っています。

 私は今回調べ直すまで、意識のどこかで建国記念日と混同した部分があって、新嘗祭も宮中の祭祀である以上戦後を生き延びることができず、しばらく経ってから復活・改名・設置されたもののように思い込んでいました。ところが驚いたことに、昭和23年の祝日法制定当初から正式に置かれていたのです。それくらい私自身も関心がありませんでした。

【敗戦を超えて生き延びた祭日】

 第二次大戦後新たに日本国憲法が制定され、祝日から国家神道の要素を払拭するという方針のもと、新たに祝日を選定し直すことになりました。その際、神話に関わる「神武天皇祭」だの「皇霊祭」だのは祝日として生き残れなかったのです。ところが「新嘗祭」については、残したい人々い有利な条件がたくさんありました。
 新嘗祭はもともとが新たな作物の収穫に対する感謝の儀式で、そうした収穫の喜びの祭は、アメリカの感謝祭を始め、諸外国にいくらでも例があるからです。そのため他の祝日とは異なり、GHQも通し易かったのでしょう、話は案外すんなりと進みます。
 ただ、名称が「新嘗祭」のままでは神道そのものですから、さまざまに新たな名前が練られ、「新穀祭」「生産感謝の日」「感謝の日」、そして最終的に「勤労感謝の日」となったのです。でももともとは「収穫感謝」で神に対するものですから、そのあたりから分かりにくくなったのかもしれません。

【子どもたちには何と言ったらいいのか】

 まず字義通り、法律の通りに説明することは必要でしょう。
「勤労をたつとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」
 働くことは尊く大切なことだという思いを新たにし、秋の実りやさまざまな製品が生れてくるこことを喜んで、互いに感謝しあう日だということです。

 「駕籠に乗る人、駕籠かつぐ人、そのまた草鞋(わらじ)をつくる人」
――駕籠に乗る人がいなければ駕籠屋稼業は成り立ちませんし、かつぐ人がいなければ《駕籠に乗る人》も歩かなくてはなりません。そもそも《乗る人=かつぐ人》の関係が生まれるには、駕籠かきの足元を守る《草鞋をつくる人》がいなければならない、すべての人々の支えでこの世の中はなんとか成り立っているのです(*1)。

 私たちがおいしい給食を食べられるのも、それをここまで運んで配膳してくれた給食当番の友だちがいてくれたからで、しかしその給食を作ってくれたのは給食室の調理員の方たちで、さらににその食材を持ってきてくれた人がいて、そもそも食材を生産してくれた人がいる――。
 キミたちが背負っているランドセルも、キミたちが作ったものじゃないし、君たちが着てくる服だって、世の中の誰かが作って、キミのお父さんやお母さん、あるいはお祖父ちゃんかお祖母ちゃんが買ってくれたものだ。
 キミたちは、そして私たちは、一人では何一つ手に入れたり、楽しんだり、豊かに暮らせたりしない。だから明日は一日、私たちに様々なものや幸せを運んでくれる人々に感謝しながら、静かに、思いを込めて、家で過ごそう。たくさんの人に感謝の気持ちを伝えよう。
(でも結局、学校を休んでまでして、何をしたらいいのかはわからないけどね)

*1:「世の中には階級や職業がさまざまにあって、同じ人間でありながらその境遇に差があっるたとえ」という説明もあり、扱いにくい言葉かもしれません

「その月はないだろう」~私たちは見ているようでまったく見ていない②

 NHKの朝ドラ「ブギウギ」で、
 南の空の中央に垂直に立つ細い月をみた。
 あんな変なもの、今までに見たことがない。
 スタッフたちのは、誰も違和感なく、あれを見ていたのだろうか。
という話。(写真:フォトAC)

【月を、私たちは見ているようでまったく見ていない】

 昨日はNHKの朝ドラ「ブギウギ」の一場面を取り出して、この写真は変だ、なんでこんなつまらないミスを犯すのか、誰かひとりくらい気づいて止めてくれる人はいなかったのか、と書きましたが、もちろん答えは「月」です。

 コメント欄にも早々と正解が出て「サービス問題」などと言われてしまいましたが、このテの問題は「分かる人にはバカみたいな愚問」「分からない人にはいつまでも超難問」なのです。
 ちなみに、
「人類史上、これまで東の山から昇る三日月を見た人はいない」
とか、
「三日月から始まる月食はない」
とか、
「満月の前後の日食はない」
とか、はたまた、
吉田拓郎の往年のヒット曲『旅の宿』で『上弦の月だったっけ ひさしぶりだね 月みるなんて』の『上弦の月』を『下限の月』にしてしまうと、この男、単なる呑兵衛でどうしようもない男になる」
とかは、「分かるかな~?分かんねえだろうな~?」という話です(ちなみのちなみですが、この「分かるかな~?分かんねえだろうな~?」も昭和の話ですから「分かるかな~?分かんねえだろうな~?」でしょうね)

 さて、コメント欄で土建屋さんが指摘してくださったように、「ブギウギ」のスズ子が見ている月は、夕方、日が落ちるとすぐに見える三日月ではなく、新月から27日~28日目の(つまり次の新月直前の)、明け方に見える月なのです。ドラマでスズ子は夕方以降帰宅し、この場面の直後、ダンスの居残り練習をして帰宅した友人と会話しますから、時刻は夜8時から10時と言ったところでしょう。その時刻にこの月が南中していることはありません。いやそもそも、(日中、太陽に照らされて見えない時刻は別として)肉眼で見える時間帯に、この形の月が南中していることはあり得ないのです。

【細い月が垂直に立って見えることは絶対ない】

 月の運行や形に知識がなくても、実は「ブギウギ」の月は最初から変なのです。
 三日月やその左右裏返しみたいな細い月で、こんなふうにまっすぐに立っている月って、見たことありますか? 何か変でしょ。私は初めからとても気持ちが悪かった。それでじっくり見る気になったのです。

 月の左側に薄く光が当たっているということは、太陽はその左にあるということですよね?
 地球と月と太陽の関係を考えるときは大雑把にこんなふうに考えるとイメージがつかみやすいのですが、バレーボールより少々大きな地球の6m先に、ゴルフボールよりやや大きな月があって、その先5kmのところにガスタンクの大きさの太陽があるのです。5kmも先のガスタンクですから、見かけはゴルフボールの月とほぼ同じです(だから日食が起こる)。
 そう考えると「ブギウギ」の写真のように光が当たるとしたら、太陽は月の左の、角度にして40度弱くらいのところにあるはずです。テレビ画面で言えば時計表示の「8:09」の「8」の左上くらいのところに太陽があれば、月はあんなふうに光るはずです。でもそんなところに太陽があったら明るくて眩しくて、月自体が見えなくなってしまうでしょう。


 それでも「裏返しの三日月」みたいなこの月をどうしても見たいのなら、写真の時間をグングン戻して月を地平線近くまで移動し、太陽が東から出る前の状態にすればいいのです。それで太陽は隠れて空は暗くなり、左側を薄く照らされた月が山の近くに見えます。しかしそれは午前3時ころの話で、しかも月は「ブギウギ」のように直立して見えるのではなく、右の写真のようなナベが浮かび上がってくる感じになっているのです。

【原則的なこと】

 月の形については、ふたつのことを覚えておくと便利です。
 ひとつは、太陽が沈んだ瞬間、天空に月があるとしたら、その月は位置も形もだいたい決まっているということ。もうひとつは形によって月にはたくさんの名前があるということです。
 
 太陽と月がほぼ同じ方向にあって月の見えない日(新月)から数えて三日目、太陽が沈んで暗くなった空に浮かんでいるのは、読んで字のごとく「三日月」です。月は見かけ上1日に12度ずつ遅れて天空に浮かびますから、三日月は太陽が沈んだとき(12度×3日)つまり36度ほどの高さに見えることになります。西の空の低い位置ですから、その月はわずか3時間ほどで地平線に消えてしまいます。
 「三日月が東の地平線から昇ることはない」というのはそういう意味です。夜の西寄りの空に、忽然と浮かんでくるのです。ほんとうは東の地平線から昇ってくる瞬間はあるのですが、午前9時くらいの話ですから太陽の明るさで見ることができないのです。
 
 もし太陽が沈んだ時、月が南の一番高い位置にあるとしたら、それはほぼ間違いがいなく半月、この場合は「上弦の月」です。午後の6時ごろ、それまで太陽の光に紛れていた上弦の月は南中しているところをゆっくり輝いてきて、そこからゆっくり西に移動し、夜中の12時ごろ地平線に沈みます。沈むときに「弧」ではなく「弦」の方が上になるところから、「上弦の月」と言うのだと聞いたことがあります。
 酒を飲んでほろ酔い気分で見るに都合の良い月です。
 
 満月は、地球を挟んで太陽と反対側に月が来るとき起こる現象ですから、太陽が沈むと同時に浮かんできます。望月とも言いますし、その夜は特別に十五夜とも呼ばれます。
 満月は完全・完璧、欠けたるもなしということで、特に日本人に好まれる月です。したがって満月の前後の月にも名前がついています。

 新月から13日目の「十三夜」、満月前日(14日目)の「小望月(こもちづき)」、そして「満月(望月)」。翌日が「十六夜(いざよい)」。さらに17日目は外に立って月の出を待つ「立待月(たちまちづき)」。18日目は月の出がさらに遅くなって立っていられなくなり、座って出を待つ「居待月(いまちづき)」。翌日はついには寝て待つしかない「寝待月(ねまちづき)」。このあと20日目に昇ってくる月を「更待月(ふけまちづき)」と言いますが、ほんとうに待っていたかどうか怪しいものです。昔の人は早寝でしたから。
 やがてどうやら本当に寝てしまったらしく、そのあとは23日目の「下弦の月」があるだけで、他に名のついた月はありません。その「下弦の月」も「上弦」があるから「下弦」とつけられただけで、弦を下にして沈んでいく様子も観察しにくいものです。なにしろ昼の12時ごろに起こる現象ですから。
 真夜中に昇ってきて夜明けとともに陽の光に溶け込んでしまうこの月を、愛でる人も多くないでしょう。昔で言う「午前様(朝帰りの人々)」だけかもしれません。

「NHKでもこんなミスをするのか?」~私たちは見ているようでまったく見ていない①

 NHK「100カメ」で時代劇「大奥」の制作の場面をみた。
 とんでもなく丁寧で配慮の行き届いたドラマ作りだった。
 国民から強制的に金を集めている以上、そうあるべきだと思う。
 しかし先週の朝ドラ「ブギウギ」、NHKは何ということをしてくれたんだ?
という話。(写真:フォトAC)

NHK「100カメ」】

 11月14日(火)のNHK「100カメ」は「大奥 美術部 美しさを追求するプロたちの情熱」の回でした。
 100カメという番組は特定の場所に100台のカメラを設置して、そこで起こるドラマを再構成、30分の番組にしようというものです。これまで産院だとかカーレースのピットとか、あるいは本格的に遠い離島の生活だとか、場所も範囲も期間もさまざまで登場人物も多彩、なかなか面白い番組です。
 ただし1台1台すべてに良い素材が写っているわけでもなく、無駄に流れる時間も少なくありません。カメラ100台分をチェックするだけでも大仕事。だから続けて放送という訳にもいかず、2018年から2021年までは不定期特番として放送。2022年4月からはレギュラー化されましたが「2カ月半放送して3カ月半休んで」を繰り返し、現在は第4期だそうです。その4期6回目が「大奥 美術部」だったわけです。

 カメラはNHKドラマ「大奥」のメイク室やかつらの装着室、衣裳部屋・本番スタジオなどに配置され、主演級の俳優からエキストラ、中にはカメラリハーサルのみのエキストラ(そんな人までいたんだ!)までいて、その人たちに化粧をし、かつらをつけさせ衣装を着させ、演技するまでの行程のあちこちを撮影するわけです。
 私がとくに驚いたのは、撮影の合間に繰り返される「直し」の徹底的なことです。かつらのほつれ毛ひとつ、衣装の襟のよじれひとつ見逃さず直します。衣裳部屋やメイク室でも、モニターを見ていて気づくことがあればすぐにスタジオに駆けつけ、髪一本、皺ひとつを直すのです。

NHKの実力と信頼】

 そこまでやらなくてもいいだろう、むしろほつれ毛や衣装の皺のある方が自然じゃないか、という見方もあると思います。しかしテレビドラマや劇場映画はカットを重ねて後で編集をするのです。つまり撮影はひと続きで行っているわけではないのに、見るときはひと続きなので、注意を怠ると“主人公の首筋に、いま見えていたほつれ毛が、振り返ったら直っていた”では困るのです。必要なら同じほつれ毛を、同じほつれ具合で作り直すしかありません。しかしそれではいかにもめんどうです。最初からすべてをきちんとしている方がやり易いのです。

 私はこういくことに関してはNHKをかなり信じています。とにかく民放に比べると金もあり人もいますから時間を生み出せます。時間があるとやはりミスはとことん減らせるのです。企業だって工場だって、研究の場だって学校だって、結局、金で何とかなる部分は多いですよね?
 
 いまやドラマ作りに当てられる十分な金のあるのはやはりNHK。もはや民放に金のかかる連続時代劇を制作する余裕は、ほとんどなくなってしまいました。劇場映画でも時代劇がつくられることは多くありません。残るはNHKだけです。
 もしNHKの時代劇がこの先細るとしたら、長いこと考証を重ねて少しずつ確定してきた江戸時代や戦国時代の所作や言葉遣い、それらが忘れられてしまうのです。それはこの国のたいへんな損失です。
 受信料はしっかり払いますのでどうかNHKは視聴率など気にせず、大河を始め時代劇の歴史を失わないよう、これからもお励みいただければと思います。私は今年「どうする家康」がさっぱり面白くなくて苛立たしく、途中で見るのをやめてしまいましたが、来年は必ず見ます。とても楽しみにしています。何だったかは覚えていませんが。

【しかしこれがNHKか?】

 さて、それだけNHKを誉め、信頼を語り、義理を果たして、それから腐します。
 NHKの番組は細部まできちんと手が入っているのが当たり前。それなのに次の写真は何です? なんでこんなつまらないミスを犯すのでしょう? 誰かひとりくらい気づいて止めてくれる人はいなかったのでしょうか?
 それとも実はどっきり番組か? 間違い探し番組か?  
 問題は先週の木曜日のNHK朝の連続ドラマ「ブギ・ウギ」の一場面、主人公のスズ子が短時間の逃亡から下宿に戻ってきて、自らの行く末を憂う場面。
 さて間違い探しです。
 この画面のどこに問題があるのでしょう?
 (この稿、続く)

「誉められたい、感謝されたい、すごいと言われたい」~TVドラマ「下剋上球児」に見る人間像・教師像③

 本気で悪くなりたいと思っている子は一人もいない、
 みんな実は「いい子」になりたい、それは事実だ。
 しかし子どもはしょせん子ども。自分では悪くなるのを止められない。
 そんなときは憤怒の菩薩も必要になる。
という話。(写真:フォトAC)

【誉められたい、感謝されたい、すごいと言われたい】

 子どもを信じることは大切ですがむやみに信じるわけにはいきません。自分の子どもが万引きか何かで捕まった時、「盗みをするような子じゃないと信じていたのに・・・」とホゾを噛んでも間に合いませんし、うっかりするとその近くで「オレはいつかやらかすと思って見ていたんだけどね」と冷ややかな視線を向けている人もいるかもしれないのです。

 逆の信じ方だって同じで、
「絶対に東大に入ってくれるって信じていたのに・・・」
とか、
「お前が甲子園に行くことばかり考えて信じていたのに・・・」
とか言われたら、子どもの方が迷惑です。
 子どもは場合によっては悪いこともしますし、たいていの場合、親の期待通りにはなりません。

 それにも関わらず「子どもを信じることは大切だ」というのは、信じ方が限定されているからなのです。信じていいのは、
『すべての子ども(あるいはすべての人間)が、悪くなることをよしとはせず、できるだけ多くの人から、「誉められたい、感謝されたい、すごいと言われたい」と思っている』というただ一点の事実です。 小さな子どもに限って言えば、「できるだけ多くの人から」の部分を、「大好きなお父さんお母さんから」に代えることもできますが――。

【「学校文化」にハマらない子】

 学校と言うところは、たくさんの人たちからさまざまに誉めてもらえるところです。学業成績が良ければ黙っていても誉められている感じがしますし、部活で活躍できればそれだって「凄い」と言われているも同じです。アイツはものを良く知っているねとか、コイツ、メチャクチャ面白いねとか、コミュニケーショ能力の高い子が活躍できる場も二重三重にあります。
 《キミは優しいね》とか《素直だね》は生徒同士では出てこないかも知れませんが、先生たちはそうした評価をしたがって、いつだって手ぐすねを引いて待ってたりします。

 しかし何をやっても誉められたりすごいと言われたりするわけではありません。
 かつての教え子で勉強はできるのにとんでもない「運動オンチ」(昭和の表現で基礎的運動能力にトンデモかなく欠けていること)で何をやってもダメな子が、こんな言い方をしたことがあります。
「テストの成績なんて目に見えないじゃないか。学校ってところは勉強ができたって駄目なんだ。運動ができなければ誰も認めてくれない!」
 それは少し言い過ぎですが、確かにそう言った面もないわけではありません。評価されやすい面とされにくい面、そして学校内ではまったく評価の対象にならない面――。そう考えると学校という場所は、案外評価の幅の狭いところだということが分かってきます。そんな「学校で評価されやすい、常識的で一般的な価値」を総称して「学校文化」と名づけるなら、その範囲でまったくサエない子はいくらでもいるのです。

 想像してみてください。
 国語・数学・理科・社会・英語、そういったところはテストをすればいつも30点~40点。体育の時間は何をやらせてもパッとせず、音楽や美術の時間はできるだけ目立たないようにしている。技術家庭科で作った木製の椅子が、鳥がとまっても崩れそう、部活はとうの昔に辞めてしまった――そんな子が人間関係でも特に能力を発揮できないとしたら、どこで「誉められたい、感謝されたい、すごいと言われたい」を実現すればいいのか――。

【ハマらない子の行き場】

 学校文化で能力がまったく発揮できないと、昔の子どもは本当に居場所がありませんでした。家に帰ってからも評価基準は学校文化そのものである場合が少なくなかったからです。
 いまの子は学校以外にもゲームだとかSNSだとか、オタク文化だとか、学校以外に自分の生き生きとできる場を持つ子は少なくありません。しかし昔の子は“友だちの誰も持っていない高価なアクセサリーを持っている”とか、“センコー(懐かしいですね、先生のことです)に反抗できる”とか、“堂々と校則違反をしている”とか、そういった差別化で一部の子たちから「誉められたい、感謝されたい、すごいと言われたい」を満足させてもらうしかなかありませんでした。
 その意味で、今週の「下剋上球児」に出てきた女の子は、古典的なプチ不良と言うこともできます。

 パパ活をしてまで彼女が友だちに誇りたかったのは何だったのでしょう? パパから買ってもらえるアクセサリーの品々だったのでしょうか、高級レストランでの食事といった経験でしょうか、それとも大人の男性と対等に渡り合っているという強さや逞しさでしょうか? ただ、いずれにしろ今のままでは済まないことは本人も承知しています。同じことを延々と繰り返していても、いずれ飽きられるだけです。エスカレートさせるか、引き返すか――。
 もちろん引き返すがいいに決まっていますが、これができない。今さら弱い自分、ダメな自分に戻ることなんかできはしない。できるとしたら、誰が聞いても納得できるような理由がなくてはいけない。

【悪いことを止めてくれる人】

 学校で少しチンピラがかった生徒たちに一番人気がある先生は、その学校で一番怖いと思われた先生たちです。少なくとも昔はそうでした。なぜならそうした教師は生徒から逃げずに体を張って付き合ってくれるからです。無視は絶対にしない。それと同時に、“怖い教師”は、しばしば子どもたちに”言い訳“を用意してくれるので、それも信頼の基礎になります。
 何かの態度を改めるとき、子どもはこう言えばいいのです。
「いや、アイツににらまれちゃってよ」
「あいつがうるさくてさァ」
 その一言で仲間同士了解が取れます。
「(そうか、アイツじゃしょうがないよな)」
 
下剋上球児」の女の子も陰でこう言っていたに違いありません。
「だってしつこいんだよ! レストランに行ってもカラオケに行っても入ってくるんだよ。そんして『お父さんですか? お父さんじゃないですよね』って、これじゃあみんな嫌になって逃げちゃうに決まってるでしょ。もうしょうがないから他のことを考えるワ」
 かくて無事、足抜けです。

 南雲は言います。
「誰もが親に恵まれているわけではありませんから、周りの大人みんなで面倒を見て行けばいいんじゃないかなと思ってはいるんです」
「危ない目に遭うんじゃないかって、放っておけなかったんです」
 しかしこうした感じ方、特別のものではないですよね?

「生徒指導:子どもはある日とつぜん変わる」~TVドラマ「下剋上球児」に見る人間像・教師像②

 ドラマ「下剋上球児」の主人公は、半ば教師によって育てられた。
 現実の教師も、子どもの全般を育てようとする。
 しかも育てることにしつこく、容易に諦めない。
 子どもがある日とつぜん変わることを知っているからだ。
という話。(写真:フォトAC)

【親が捨てても、教師は子どもを棄てられない】

 TVドラマ「下剋上球児」、今週(11月12日第5回)の前半のテーマは、教師と子どもの根源的なかかわりです。ひとつは主人公の南雲自身の成長譚。
 
 南雲は幼少期に両親に捨てられ、本人の言葉を借りれば、
「僕が大人になれたのは、今まで出会った先生たちのおかげなんです」「僕は先生たちに育てられたようなものでした」
ということのようです。
 ひとり暮らしの小学校教諭に引き取られて高校進学までの道筋をつけてもらい、高校では野球部の監督に見いだされ、励まされ、
「お前らがやって来たこと、考えたこと悩んだことに、無駄なことなんてひとつもないぞ。いままでもそうだし、これからもそうだ」
という言葉に動かされて、南雲は本気で教師になりたいと思うようになります。

 教師と言えど独身者が、子どもを引き取って育てるということが制度的に可能なのかどうか、少々疑問に思いますが、心理的な里親になることはいくらでもあります。いつぞやこのブログでも引用しましたが、評論家の尾木直樹の聞いた“遠足にお弁当を持ってこられない子どものためにつくって行った教員の話”などは、学校内ではありふれたものです。
 憲法第15条2項には、
「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」
とありますが、教師が弁当を用意しなければ、その子は遠足に参加できないか、楽しいはずの弁当の時間を飲まず食わずで過ごさなくてはならないのです。教師に限らず、だれにとっても耐えがたい状況でしょう? 仮にあなたが教師の立場にあるとして、弁当を食べずに離れたところでひとり遊ぶ児童を横目に見ながら、あなた自身は自分の弁当を食べることができるでしょうか、そう問題なのです。
(この件で、教諭が子どものために弁当を作ったことを、尾木たちが驚きをもって聞く場面を、――私は驚きをもって読みました。そんなの、あたり前じゃないですか)。

【子どもはある日、とつぜん変わる】

 日曜日の「下剋上球児」、前半二つ目の事件は、南雲が教員となって最初に任された生徒指導の場で起きます。学校にもろくに来ず、大人の男性と食事に行ったりカラオケに行ったりして小遣い稼ぎをしている女生徒を任され、南雲は同僚の忠告にも関わらずどんどん深入りしていきます。教員免許を持たないことに後ろめたさを持つ南雲は、すぐにも辞めるつもりでいたので迷いはなかったのです。

 周囲の目を恐れずに女生徒のあとを追い、大人の男性との交際の場に割り込んで幾度となくやめさせます。女生徒が本気で煩がって「めんどい(面倒くさい)!」と南雲の手を振り切っても諦めずつきまとい、しかしいつまで経ってもその子の態度が改まることはなく、やがてそうしたやり方に限界を感じ始めたある朝、出勤すると二階のベランダから当該の女生徒が声をかけてきます。
「あげる、バイト先でもらった」
と投げてよこしたのは菓子の袋です。スーパーで働いていて、総菜をもらったりパートのおばちゃんからはおやつをもらったりして、なかなか「いい感じ」なのだといいます。そして最後に「今までありがと」と礼を言うと、女生徒はその場を去っていきます。

「大げさかもしれませんが、奇跡かと思いました」
と南雲は言います。
「生徒はある日、とつぜん変わる、どんな生徒にも可能性がある、それを目の当たりにして、すぐには学校をやめにくくなっていました」
 私はこのセリフがプロデューサーの新井順子や脚本家の奥寺佐渡子の頭の中から生まれたものだとはなかなか思えないのです。もちろん優秀なスタッフですから丁寧に取材を積み上げて行ってこういうセリフにたどり着いたのかもしれませんが、私はむしろ取材した実在の教師が言った言葉を、そのまま使っているのではないかと思うのです。

 少なくとも私のところに取材があれば、
「生徒指導の場では奇跡が起こる」
「生徒はある日、とつぜん変わる、それを目の当りにしたら教師は辞められなくなる」
といった話は必ずすると思うのです。私は普通の経験をしてきた、普通の教師ですから、普通
の奇跡にも、たびたび出会って心動かされてきたからです。

【実際には、子どものメンツや立場が更生を妨げる】

 ドラマで描かれたような奇跡を信じる人は多くないかもしれません。
 確かに「下剋上球児」の中に描かれた女の子が立ち直るまでの年月は、およそ数カ月といった印象で、それほどの短時間で奇跡を起こすのは難しそうです。ドラマに寄せて考えるなら、南雲先生の担当した女生徒は売春するまでには至っておらず、その点で引き返す道のりが短かったこと、そして常に単独で行動していますからその点でもやり易い相手だったのかもしれません。しかしそれにしても一人の子どもが当たり前の道を逸脱するには数年の準備期間があったはずで、その数年を数カ月で回復することは容易ではありません。
 
 子どもの心を改めさせるだけなら、さほど難しくないのです。たいていの場合、内心では最初からマズイと思っているから反省はあっという間です。しかし内心の反省はなかなか態度に反映しません。ましてや翌日から態度を改めるなんて、とてもできたものではありません。彼らにも彼らなりのメンツや立場があるからです。仲間から言われた、
「急に真面目になって、どうしたの?」
の一言で死にたくなるような子だっているのです。
 そのメンツや立場の枷を外すには工夫がいります。
(この稿、続く)